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医療裁判の進行について - 医療裁判をご検討の方への大阪地裁の「医療訴訟の審理運営方針」のご説明 -

弁護士 水口哲也

平成25年12月20日更新

 判例タイムズ平成25年8月号で、東京地裁の医療訴訟の審理運営方針(改訂版)が発表されました。医療裁判は非常に専門性が高く、通常の裁判と比べても審理に長時間かかる傾向があります。そのため、裁判所でも裁判の進行について工夫を凝らしており、東京地裁の医療訴訟の審理運営方針にもそれが現れています。
 大阪地裁でも、医療訴訟の審理運営方針のダイジェスト版を公開していますので(http://www.courts.go.jp/osaka/vcms_lf/310001.pdf)、今回のリーガルトピックスで取り上げたいと思います。ページ数の関係上、重要な点に絞ってご説明してありますので、ご了承ください。
 私自身は、原告(患者側)の依頼を受けることが多いので、原告(患者側)からの視点でいくつかコメントを付して解説いたします。「運営指針」をお手元においてご確認ください。

 1 原告の活動
   提訴前準備提訴前に、診療経過に関する情報収集と協力医のバックアップを得て、十分な準備をする。

⇒当たり前のことですが、このような記載が審理運営方針に記載されているのは、裁判所からは、患者側が医学的な知見に関する詳細な検討も加えないまま、訴訟を起こす例が多いと見えているのかもしれません。我々が反省すべき点です。訴える前に詳細な検討を加えることが重要なのは他の訴訟でも変わりはありませんが、医療訴訟のような専門的な訴訟では特に重要です。

 ア 診療経過についての情報の収集−診療録等の入手について
  @ 証拠保全、任意開示等適宜の方法を用いて診療録等を入手し、検討する。
  A 診療行為が問題となっている医療機関の診療録等に加え、他の医療機関等の記録についても、必要に応じて入手する。
 
@⇒カルテを入手する際に、証拠保全手続を使用するか、病院側に任意の開示を求めるのかは、難しい問題です。証拠保全手続とは、「白い巨塔」などテレビドラマでも放映されたことがありますが、裁判所の関与の下、強制力を背景にカルテの開示を求める手続です。医療機関が証拠を改ざんする可能性がある場合などに使用することができます。
カルテを一旦改ざんされてしまうと、中々勝訴することが難しくなることから、カルテの入手方法としては、基本的には証拠保全が第一選択になります。ただし、病院が電子カルテを使用している場合など改ざんが困難な場合や、病院との既に紛争が顕在化していて、病院側が改ざんするつもりであれば既に行っていると思われる場合には、任意開示でも良いと思います。また、費用対効果も考えなくてはなりません。病院側がコピー機を貸してくれない場合に備えて、コピー機のリースを受けて持参したり、カメラマンに同行をお願いしたりするなど、それなりに費用が掛かることになるからです。
 なお、この運営指針のダイジェスト版には記載されていませんが、訴え提起前に医療機関側に説明会を求めることもあります。特に、小さい病院の場合には、証拠保全の際に簡単に相手方医師の説明を聞くこともあります。病院側が説明会に応じないこともままありますが、病院側弁護士の訴訟戦略的なもので、出来るだけ原告側(患者側)に主張を先に出させたいという考慮によるものと思います。個人的には、説明会は、無用な訴訟を回避する効果もあり、仮に訴訟になったとしても争点が早期に明確になりますから、非常に有用だと思っています。

A⇒医療ミスがあったと思われる病院以外の病院のカルテを求めるのは、主として医療ミスの結果と医療ミスとの間の因果関係(機序)の確認が必要な場合です。後になればなるほど症状が明確になり、診断が容易になるため、因果関係の判断については、後医の診断が重要になります。因果関係が問題となる場合には、その病院の医師の尋問(前医尋問、後医尋問といいます。)を行うことも多いでしょうから、裁判を起こす前にお会いしておく方が良いと思われます。実際、後医に協力医になってもらうケースもあります。

 イ 医学的知見の獲得
  @  医学文献の調査に加え、適切な協力医から意見を聴取することにより、医学的知見を獲得する。
  A  可能であれば、協力医から意見書を取得する。意見書取得に至らなくても、提訴後の意見書作成及び証人としての出廷の内諾を得ておくことが望ましい。

@⇒前述したように,医学的知見の獲得は非常に重要です。私の場合,協力医には知人の医師や患者の現在の医師(後医)にお願いすることが多いですが,医師は基本的に非常に多忙で,細かい部分まで行き届いた調査を行ってくれることは稀ですから,弁護士自身がかなり勉強し,医師と医学的に議論できるレベルまで到達する必要があります。私の場合は,インターネット上の情報や大阪市立大学の図書館を利用して勉強することが多いです。医学文献の確認として調査段階で必ず行うのは,Mindsでの診療ガイドラインの調査(http://minds.jcqhc.or.jp/n/)と標準シリーズ(「標準〇〇学」医学生の教科書になっているシリーズ。Ex.標準脳外科学,標準内科学)の該当箇所の確認です。

A⇒協力医からの意見書の取得は中々難しいです。協力医の意見書が得られない場合に,患者側が勝訴するためには鑑定が必要になるとケースが多いと思われます。

 ア 被告の選択   
  @  被告としては、使用者としての(直接責任の場合もありえる。)法人又は医師、現実に診療を行った医師その他の医療従事者が考えられる。
  A  独立行政法人が病院を開設している場合や救急搬送における行為を問題とする事案で消防組合が置かれている場合の被告、市立病院・県立病院などで事業管理者が置かれている場合の代表者等に留意が必要である。
 
⇒被告の選択は検討すべき点です。記載されているとおり、病院の運営主体者が誰かという問題もありますし、裁判所の管轄の問題もあります(被告の住所地でも管轄が取れますから)。また、どれを過失として構成するのかという問題とも密接に関わってきます(例えば、個別の手術の適否を問題にするのであれば、実際に手術を行った医師らを被告にすべきですし、病院側の管理責任を問題にする場合には、病院の経営母体を被告にすることになります。)。

 ウ 訴状の記載内容 
 
 (以下、一部を抜粋)  
  A  過失・注意義務違反(以下「過失」という。)
     訴え提起時点において、可能な限り、過失の内容を特定して記載する。考えられる不適切な点をすべて主張するのではなく、結果・損害との因果関係も立証できる過失を主張する。
   B  結果・損害
   結果(死亡、後遺症等)を明示して記載する。損害は、内容、損害額とともに計算根拠も併せて明示して記載する。

A⇒訴状には医療行為として不適切なことを全て記載するのではありません。結果と(後遺症や死亡)の関係で、因果関係があるもののみを過失として構成することになります。

B⇒請求できる金額(損害)については幾多の裁判例があるため、その裁判所の基準を参考にして算定することになります。ご遺族の方が「命の値段」という表現をされることも多いですが、「命の値段」というよりも、その方がご存命であったら生涯にどれだけ資産を残すことができたのか(逸失利益)、どれだけの苦痛を被ったのか(慰謝料。これは数字に換算することが難しいものですが、過去の裁判例等から算定します。)といった基準で算定されるものです。中々納得しきれるものではないかもしれませんが、裁判の基準があるということでご容赦ください。

 2 被告の活動      
 病院側は、できる限り、第1回弁論期日又は弁論準備期日までに、実質的認否、診療経過に関する被告の事実主張、診療行為の相当性、翻訳付き診療録等、診療経過一覧表、関係文献等の提出をする。
 
⇒カルテの翻訳については、裁判では、被告側(病院側)が行うこととされています。ただし、カルテの翻訳を行わずに医療ミスの存否の判断をすることはできませんので、訴訟提起前に患者側でも翻訳を行った上で、協力医に検討をお願いすることが通常です。

⇒裁判になると診療経過一覧表というものを作成します。裁判では、訴状、答弁書、準備書面といった書面で双方が主張を戦わせ、もちろん、その書面でも診療経過や医学的知見の主張も行うのですが、診療経過に関し、争いがない事実や争いがある事実等を一覧性のある形で見ることができる書面が診療経過一覧表です。この書面は当事者双方が裁判所から渡されたフォーマットに埋めていって作成するものです。

 第3 争点整理手続   

 訴訟の中心となるのが争点整理手続です。医療訴訟は基本的に2年程度(通常訴訟は1年程度)かかりますが、医療訴訟のほとんどの時間は争点整理に費やされます。争点整理が終われば立証(尋問)の手続に入ります。

 (1) 原告の活動
     原告の主張・立証活動は、本証であって、被告への反論のみで終わらないよう留意する必要がある。
 ア 過失の主張・立証    
  @  過失は、「誰が」、「どの時点で」、「何を行うべきであったか(行うべきではなかったか)」を具体的に特定して主張する。
  A  主として文献を用いて、過失に関する当時の一般的医学的知見を立証し、意見書等を用いて、当該事案に対する一般的医学的知見のあてはめを立証する。
  B  最初から鑑定で立証の不足を補おうとすることは、相当ではない。

⇒医療裁判では、原告側に基本的に立証責任がありますから、立証できなければ、敗
訴することになってしまいます。

A⇒医学的な知見を医学文献により立証することになりますが、裁判所から意見書が欲しいと言われることも多いです。というのは、医学文献に記載されている医学的知見はやはり一般論であり、必ずしも実際に訴訟になっている具体的事案に即したものとは限らないからです。しかし、意見書を得ることは前述したように中々難しいです。

B⇒鑑定で立証を補おうとすることは非常に難しいです。というのは、医学界は狭い世界ですから、鑑定をして頂く医師と病院とは何らかの繋がりがあることも多く、中々患者側に有利な鑑定をしてくれる医師は少ないからです。患者側としては、鑑定になる以前に医学文献等で鑑定医が抗えないような医学的な知見の立証をしておく必要があります。

 イ 因果関係の主張・立証   
  @  因果関係の主張・立証の中心は、過失となる行為から損害となる結果が発生した機序を明らかにすることである。
  A  因果関係は、過失とは異なり、レトロスペクティブに判断される。

⇒過失の判断の資料として使用して良い医学文献は、医療ミスの時点より前の文献に限られるのに対し、因果関係を認定する場合には、医療ミスの時点より後の医学文献も使用できるということを意味します。

 4 医学文献   
  @  医学的知見は、それぞれ医学文献で裏付けをする。
  A  医薬品の添付文書(能書)や診療ガイドラインは特に重要な証拠である。
  B  改版に留意し、過失の立証に供する文献については、診療行為の時点における文献を提出する。

A⇒医療ミスの中でも、投薬上のミス(副作用等)のケースでは、医薬品の添付文書はかなり重要な証拠になります。というのは、最高裁の判例で、医師が添付文書に記載に従わなかった場合に過失が推定されるとしたものがあるからです(最判平成8年1月23日民集50巻1号1頁)。

B⇒過失については、診療当時(またはそれ以前)の文献でなければ証拠になりません。因果関係の証拠になることも先述したとおりです。

 6 陳述書   
  @  医師、看護師等の尋問は、専門的事項にわたるため、人証尋問期日の一定期間前に陳述書を提出することが必要である。
  A  患者・遺族の陳述書は、患者・遺族の供述・証言が重要となる争点を中心として必要・十分な記載を行い、冗長になるのを避ける。

⇒陳述書とは、尋問に先立ち、証人尋問で話す内容について予めまとめた書面です。医療裁判ではエモーショナルな部分が前面に出てしまいがちですが、裁判所としては、それ以前に、重要な事実関係を認定するために、まず事実関係の認定に必要な証言に集中して欲しいということでしょう。

 第6 人証調べ   
  1 前医・後医尋問
  @  前医又は後医がいる場合、診療録等を取得し、前医又は後医における診療経過・内容を確認する。
  A  その上で、必要があれば、前医尋問・後医尋問を申請する。
  2 集中証拠調べの実施  
   (1) 集中証拠調べの実施  
      証拠調べは、可能な限り1期日で行なう。

⇒前医後医の尋問が因果関係を判断するために行われることが多いことは先に述べたとおりです。医師が裁判所を訪問する時間がない場合には、所在尋問といって、医師の都合が付く場所(医師の勤務場所など)で尋問を行うこともあります。

 第7 鑑定   
  1 時期
  @  鑑定は、原則として、集中証拠調べ後に行なう。
   A  事案の前提として、死因等を確定する必要がある場合は、病理医等による早期鑑定を実施することもある。 

⇒ミスが疑われる事案では、病理解剖や行政解剖をすることをおすすめします。解剖にどうしても抵抗がある場合には、少なくともCT等を撮っておくことをおすすめします。

 5 鑑定人の選任   
   (1) 選任方法  
   鑑定人については、大阪高裁ネットワーク、医事関係訴訟委員会(最高裁ルート)を利用する推薦依頼が可能である。また、裁判体が、鑑定等事例集、インターネット等を利用して、適切と考えられる医師に直接依頼をする場合もある。
   (2) 利害関係   
  @  被告病院の関係者(過去に勤務したことがある者を含む。)、被告側医師・原告側協力医の関係者(同じ大学、大学院の出身者を含む。)等については、当事者と利害関係があるものとして、鑑定人には選任しない。

⇒大阪地方裁判所で医療裁判を行う場合、大阪高裁ネットワークという鑑定医の推薦を依頼する医療機関のネットワークがあり、医療機関から鑑定医の推薦を頂くことが通常です。
東京ではカンファレンス方式と言って、3人の鑑定医がカンファレンスを行い、鑑定を行う方式が一般化してきているようですが、大阪では、鑑定医1人が鑑定書を作成する方式が通常です。

 8 鑑定料   
  @  鑑定料は、事案の内容にもよるが、当面50万円を基本とし、補充鑑定を実施した場合は、10万円を加算する場合が多い。
  A  事案の難易、鑑定事項ないし鑑定の内容、鑑定方式等により、鑑定人の負担が通常と異なる場合は、鑑定料の増減を行う。
  B  鑑定人が複数の場合、各鑑定人について、@、Aの基準により鑑定料を決定する。
  C  鑑定料は、鑑定人推薦依頼前に予納する。

@⇒鑑定料としては上記のとおり、50万円以上かかると考えておくべきです。医療過誤訴訟は非常に金銭的に負担がかかる訴訟類型です。

 第8 和解   
  @  裁判所は、和解による解決が適当と考えられる事案について、当該事案において相当な時期に和解を勧試する。
  A  和解協議に当たっては、特に原告側当事者を同行していただきたい。
  B  和解条項として、事案に応じ、当事者と協議の上、給付条項のほか、精神条項や口外禁止条項などを定めることもある。

@⇒医療裁判においては、事実関係が複雑で、裁判所が事案の見通しが付けづらいことが多く、中々和解の話にすらならないことも多いです。

A⇒審理運営方針が原告本人の同行を原則としている理由は、どうしても患者側に病院に対する不信感があるため、そうした患者側の気持ちを汲み取る、或いは、事案の落とし所を患者側に説明したいという意思の表れだと思います。私としても、和解については、最終的には本人のご意思での判断になりますので、当然、和解の席には出席していただきたいと思っています。

B⇒口外禁止条項は、病院側からお願いされることが多いです。患者側で、病院側に陳謝を求める条項の挿入することももちろんありえます。

(終わりに) 
 以上、医療過誤訴訟の概括的なご説明でしたがお分かりいただけたでしょうか。医療過誤訴訟は、通常の裁判と比べて専門性が高く、資料も多く複雑であり、多大な労力を費やす訴訟類型ではあります。本稿をご一読いただき、裁判所や弁護士の工夫の一端でもご理解いただければ幸いです。
                                                                    

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