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親子関係不存在の訴えと権利濫用

弁護士 相内真一

平成25年12月25日更新

 60年前、産院において出産直後に乳児が取違えられ、実の両親とは異なる夫婦に育てられた男性らが産院に対して損害賠償を求めた事案について、産院に対して約3800万円の損害賠償の支払いを命ずる判決が言い渡されました(平成25年11月27日付 東京地裁判決)。
 一部報道によると、取違えの事実が発覚したのは、当該男性と取り違えられた相手方のご家庭で、相続問題を巡って、DNA鑑定が行われたことがきっかけだったそうです。当該男性にとってはまさに青天の霹靂であったはずです。

 過去、自然血縁上の関係が無く、且つ、養子縁組手続もなされないまま、全く他人から出生した子供が、実子として出生届がなされた事案は、相当数あったと言われています。
 そして、そのようなケースで裁判所で争われてきた事案は、両親と自然血縁関係を有する≪実子≫と、自然血縁関係がないのに実子として出生届がなされていた≪形式上の実子≫との間で、親子関係不存在確認の訴えとして争われていました。亡親との親子関係不存在が認められれば、当該「形式上の実子」は、そもそも法定相続権者でなかったことになります。ですから、この確認訴訟の成否如何で、誰がどれだけの遺産を承継取得できるのか、大きく変わることになります。
 つまり、従来は、実質的には、「戸籍上、実子とされている者同士」の相続紛争の前提問題として、この種の訴訟が提起されていたと思われますが、今回のケースは、そのような「戸籍上、実子とされている者同士」の紛争事案ではなく、第三者たる産院を相手方としたと言う点で、これまで、判例集等で取り上げられていたケースと異なります。
 そして、新生児の取違えがなされてしまったのは60年前のことですから、普通の法的構成からすると、産院に対する損害賠償請求権は、消滅時効(不法行為があったことを知ってから3年、若しくは、当該行為があったときから20年)の壁に、阻まれてしまうことになりそうです。この点について、東京地裁は、不法行為ではなく、債務不履行に基づく論理構成を採用し、且つ、時効の起算点をDNA鑑定の結果が明らかになった時点と判断の上、消滅時効の抗弁を排斥して、損害賠償を認めた点でも注目に値いします。
 本稿では、「両親と自然血縁関係を有する≪実子≫と、自然血縁関係がないのに実子として出生届がなされていた≪形式上の実子≫との間での、親子関係不存在確認の訴え」に絞って、裁判所の考え方を確かめていきたいと思います。

 本論点に関して著名な判例は、最高裁平成9年3月11日付判決です。同判決以前でも同様の最高裁判決はありましたが、同判決では、従来の最高裁判例を踏襲して、他人と自然血縁関係のある者を自らの実子として出生届しても、そのことをもって養子縁組と同じ効力を認めることは出来ないと判示しました。
 しかも、その補足意見で、「本件のような虚偽の出生届出により外見上(註 戸籍上)存在している親子関係の不存在確認請求訴訟において、その提訴自身を権利濫用とすることは許されない」としながらも、「相続財産を巡る訴訟において・・・かかる財産上の争訟においては・・・・長きにわたる実親子としての社会的に容認された生活の実態を根拠として、親子関係不存在の主張を権利濫用として排斥することを妨げる理由は存しない」という注目すべき見解が明示されました。
 つまり、戸籍上、親子と記載されているものの、自然血縁上の親子関係が認められず、且つ、法律上の養親子関係も認められないケースであっても、他の「自然血縁上の実子」から「形式上の実子」に対する亡親との親子関係不存在確認の訴えが、権利濫用として認められない場合があることを容認する意見であるからです。

 そして、平成18年7月7日付最高裁判決は、自然血縁上の親子関係が存在していない者であっても、一定の条件のもとに、「自然血縁関係上の親子関係がある者から提起された実親子関係の不存在確認の訴え」が権利の濫用 に該当する場合があるという見解をはっきりと打ち出しました。そして、その場合に考慮すべき要件として、
    実の親子と同様の生活実態とその長さ
実親子関係の不存在を確定することにより、「形式上の実子」及びその関係者が被る不利益、
改めて、「形式上の実子」について、養子縁組の届出をすることによって、その者が嫡出子としての身分を取得できる可能性の有無、
自然血縁上の実子が、かかる訴訟を提起した経緯及び請求をする動機、目的
実親子関係の不存在が確定されないとした場合に、訴訟提起した自然血縁上の実子以外に著しい不利益を被る者の有無等諸般の事情、
  の5点を列挙しました。平成9年判決の補足意見で示されていた権利濫用が認められるための要件を具体化したものと言うことになります。

5   そして、平成22年9月6日東京高裁判決は、平成18年7月7日付最高裁判決が示した5要件に基づいて、「自然血縁上の実子」が「形式上の実子」に対して提起した亡親との実親子関係不存在の確認請求を、権利濫用として排斥しました(その後、上告が試みられましたが、上告不受理となり、この高裁判決が確定しました)。

 このように、現在の裁判所では、実質的には相続財産を巡る争いとして、実親子不存在確認請求が提起された場合に、当該請求が権利濫用を理由として排斥される途が認められるようになったわけです。
 しかし、権利濫用という前提として「自然血縁上の親子関係が無い」ことは認定されているわけです。従って、戸籍上は、自然血縁関係も養親子関係もない者同士が、兄弟姉妹として記入されたまま残されるということになります。親との関係で、最高裁の結論に従って、戸籍上の兄弟姉妹全員に法定相続が認められたとしても、このような兄弟姉妹間で相続問題が発生した場合も、自然な血縁的な兄弟姉妹関係が無いこと(不存在)の確認請求が、当然に権利濫用になってしまうのかどうか、という問題は未だ未解決です。
 このような未解決状態を前提とすると、自然血縁関係の無い「形式上の実子(兄弟姉妹)」からの法定相続分の主張を回避するためには、戸籍上の実親と自然血縁関係のある兄弟姉妹は、遺言を活用する必要があるということになります。遺言をしておけば、兄弟姉妹に遺留分か認められていないことから、上記のような不存在確認請求訴訟等を提起するまでもなく、「形式上の実子(兄弟姉妹)」からの法定相続分の主張を排斥することが出来るわけです。

 今回の「60年前の取違え事件」において、取違えられた乳児の育ての親の一方は相当裕福であり、他方の親は経済的には恵まれていなかったという報道がありました。そうしますと、それぞれの相続において、取違えられた者と育ての親との間には、自然血縁的な親子関係が無いわけですから、「他の法定相続人からの親子関係不存在確認請求が権利濫用」となるか、ならないかは、取違えられた本人らのみならず、他の自然血縁的親子関係が存する兄弟姉妹にとって、経済的には極めて大きな問題です。
 従って、「対 産院」という問題としては、一審判決は出たものの(現時点では控訴されたかどうかは不明です)、それぞれの相続問題がどのように解決されるのかは未知数です。
 関係者の皆様の協議によって円満解決されることが望ましいこと言うまでもありません。もし、弁護士が、かかる事案の相談を受けた場合、どのように依頼者の方をリードしていくべきかどうか、考えさせられる事案であると思います。
                                                                    

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