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〜第一審の裁判員裁判において死刑判決を破棄した控訴審を是認した事例〜

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平成27年2月3日最高裁第二小法廷決定(事件番号 平成25年(あ)第1729号)
〜第一審の裁判員裁判において死刑判決を破棄した控訴審を是認した事例〜

弁護士 小西宏

平成27年3月10日更新

1 はじめに
 本最高裁決定は、第一審の裁判員裁判が下した死刑判決を見直し、無期懲役とした控訴審判断を妥当であるとしたものです。最高裁は同日付けで、第一審の裁判員裁判が死刑判決を下し、控訴審で破棄した2件(松戸女子大生殺害放火事件と東京南青山強盗殺人事件)の事例につき判断し、いずれも、無期懲役が妥当であるとして、第一審判決を破棄した控訴審判断を是認できるとしています。
 今回はこのうちの松戸女子大生殺害放火事件についてご紹介させていただきます(注1)。

2 事案の概要
 被告人は、平成21年10月20日夜頃から翌21日未明頃までの間に、千葉県松戸市内のマンションの当時21歳の女性方居室に侵入した上、帰宅した同女性に対し、金品強取の目的で、包丁を突き付け、両手首を縛って、その反抗を抑圧して、金品を奪うとともに、殺意をもって、同女性の左胸部を同包丁で3回突き刺すなどし、同女性を左胸部損傷による出血性ショックにより死亡させて殺害した上、同じ頃に、合計3回にわたり、強取に係るキャッシュカード等を使用した現金窃盗に及ぼうとし、うち1回は既遂、その余の2回は未遂に終わり、同じ頃、15名が現に住居に使用する前記マンションに放火し、前記女性の死体を焼損するなどして強盗殺人の犯跡を隠蔽しようと企て、前記居室内に侵入した上、死体付近に置かれた衣類等にライターで火を放ち、前記マンションの前記居室内を焼損するとともに、同女の死体を焼損しました(以下これらを総称して「松戸事件」といいます)。
 また、松戸事件の前後約2か月間に、@民家等への住居侵入の上、窃盗に及んだもの3件、A民家への住居侵入の上、当時76歳の女性に対して全治約3週間を要し後遺症が残る傷害を負わせた強盗致傷、B民家への住居侵入の上、当時61歳の女性に対して全治約8週間を要し後遺症が残る傷害を負わせた強盗致傷、帰宅した当時31歳の女性に対して全治約2週間を要する傷害を負わせた強盗強姦、監禁、さらに、強取に係るキャッシュカード等を使用した現金窃盗、C当時22歳の女性に対して全治約2週間を要する傷害を負わせた強盗致傷、及びD民家への住居侵入の上でした当時30歳の女性に対する強盗強姦未遂の各犯行に及びました。

3 第一審(裁判員裁判)が死刑を選択した理由
 第一審(裁判員裁判)が死刑を選択した理由は、以下のとおりです。
 @  松戸事件は、殺意が極めて強固で、殺害態様も執ようで冷酷非情である。放火も類焼の危険性が高い悪質な犯行であり、その結果が重大である。 
 A  松戸事件以外の犯行も重大かつ悪質なものであり、生命身体に重篤な危害を及ぼしかねないものを複数ある。被害者らが受けた被害も深刻である。
 B  累犯前科や同種前科の存在にもかかわらず、直近の服役を終えて出所後3か月足らずの間に本件各犯行に及んだことは強い非難に値し、一連の犯行を短期間に反復累行した被告人の反社会的な性格傾向は顕著で根深い。
 C  松戸事件では殺害された被害者が1人であり、その殺害自体に計画性は認められないが、これらの点も、短期間のうちに重大事件を複数回犯しており、被告人の性格傾向にも鑑みると被害者の対応いかんによってはその生命身体に重篤な危害が及ぶ危険性がどの事件でもあったという事情を考慮すると、死刑回避の決定的事情とはいえない。
 D  被告人が反省を深めているとはいえず、更生可能性が乏しいといわざるを得ず、被害者らの処罰感情が極めて厳しい。以上のような事情に鑑みると、被告人の刑事責任は誠に重く、死刑をもって臨むのが相当である。

4 最高裁の判断  
 (1)  これに対して、控訴審と上告審(最高裁)は、無期懲役が妥当と判断しました。このうち、最高裁が示した理由は以下のとおりです。 
 @  他の刑罰とは異なる究極の刑罰である死刑の適用に当たっては、公平性の確保にも十分に意を払わなければならないものである。
 A  量刑に当たり考慮すべき情状やその重みは事案ごとに異なるから、先例との詳細な事例比較を行うことは意味がないし、相当でもないが、死刑が究極の刑罰であり、その適用は慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点からすると、同様の観点で慎重な検討を行った結果である裁判例の集積から死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を検討しておくこと、また、評議に際しては、その検討結果を裁判体の共通認識とし、それを出発点として議論することが不可欠である。このことは、裁判官のみで構成される合議体によって行われる裁判であろうと、裁判員の参加する合議体によって行われる裁判であろうと、変わるものではない。
 B  評議の中では、前記のような裁判例の集積から見いだされる考慮要素として、犯行の罪質、動機、計画性、態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性、結果の重大性殊に殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等が取り上げられることとなろうが、結論を出すに当たっては、各要素に与えられた重みの程度・根拠を踏まえて、総合的な評価を行い、死刑を選択することが真にやむを得ないと認められるかどうかについて、前記の慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点をも踏まえて議論を深める必要がある。

 (2)  以上のような一般論を述べた上で、今回の事案については、最高裁は以下のような判断をしています。
 @  殺害された被害者が1名の強盗殺人の事案において、自己の利欲等を満たす目的で人の生命を奪うことを当初から計画していなかった場合には、死刑でなく無期懲役が選択されたものが相当数見られる。これは、早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し、これに沿って準備を整えて実行した場合には、生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく、行為に対する非難が高まるといえるのに対し、かかる計画性があったといえなければ、これらの観点からの非難が一定程度弱まるといわざるを得ないからである。したがって、松戸事件が被害女性の殺害を計画的に実行したとは認められない事案であることは看過できない。また、殺害直前の経緯や殺害の動機を具体的に確定できない以上、その殺害態様の悪質性を量刑上重くみることにも限界があるといわざるを得ない。 
 A  第1審判決は、その他の事情として、松戸事件以外の事件の悪質性や危険性、被告人の前科、被告人の反社会的な性格傾向が顕著で根深いことを指摘するけれども、松戸事件以外の事件については、いずれも人の生命を奪おうとした犯行ではないこと、犯罪行為に相応しい責任の程度を中心としてされるべき量刑判断の中では、被告人の反社会的な性格傾向といった一般情状は、二次的な考慮要素と位置付けざるを得ないこと、被告人の前科にしても、人の生命を奪おうとまでした事犯はなく、無期懲役やこれに準ずる長期の有期懲役に処されたものもないことからすれば、松戸事件以外の事件の悪質性や危険性、被告人の前科、反社会的な性格傾向等をいかに重視しても、これらを死刑の選択を根拠付ける事情とすることは困難である。
 B  以上のとおり、松戸事件が被害女性の殺害を計画的に実行したとは認められず、殺害態様の悪質性を重くみることにも限界がある事案であるのに、松戸事件以外の事件の悪質性や危険性、被告人の前科、反社会的な性格傾向等を強調して死刑を言い渡した第1審判決は、本件において、死刑の選択をやむを得ないと認めた判断の具体的、説得的な根拠を示したものとはいえない。

5 雑感
 以上見てきたとおり、今回の最高裁の決定は、第一審の裁判員裁判が下した死刑判決を覆し無期懲役とした控訴審判決を妥当であると判断したものです。
 ところで、我が国の裁判員裁判制度は、平成21年からはじまり、現在まで多くの裁判員裁判が行われてきました。ご存知のとおり、裁判員が選任される裁判は、第一審のみであり、上級審である控訴審や上告審では、いわゆる職業裁判官のみの裁判となります。
 もっとも、我が国の刑事裁判は三審制を採用していますので、第一審の判決に不服があれば、控訴ができますし、控訴審の判断に不服があれば、上告ができます。そのため、第一審が裁判員裁判であっても、その判断に不服であれば、被告人は上級審にさらに判断を求めることができるのです。そうすると、裁判員裁判で下した判断も、上級審の職業裁判官のみで覆すことが可能ということになります。
 ここで、本来、国民の意見を反映させるための裁判員裁判であるのに、職業裁判官のみで構成された上級審の裁判所がその判断を覆すのは、裁判員裁判を無意味なものとするのではないか、との批判もあるかと思います。
 しかし、死刑というのは、人の命を奪う究極的な刑であり、やはりその選択にあたっては、相当に慎重な判断が要求されます。また、刑事裁判の公平性という観点から、過去の先例と比較し、それとの公平性を保つことも大変重要であるといえます。今回の最高裁の決定も、盲目的に先例に従うべきであるとは述べてはおらず、裁判例の集積の中からうかがわれる上記のような考慮要素に与えられた重みの程度・根拠についての検討結果を、具体的事件の量刑を決める際の前提となる共通認識とし、それを出発点として評議を進めるべきである、と述べています。
 以上のとおり、本最高裁決定は、第一審の裁判員裁判が下した死刑判決を見直し、無期懲役とした控訴審判断を妥当であるとした初めての判断であり、今後の裁判員裁判の評議のあり方等において参考になる判例かと思いますので、今回ご紹介させていただきました。
 以上
 
(注1) http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/839/084839_hanrei.pdf

                                                                    

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